赤外線(IR)温度計は、測定対象物が放射する赤外線を検出して数値化することで温度を決定するセンサです。IR温度計は、人の目に例えることができます。目のレンズ(水晶体)は、物体からの放射(光子の流れ)が大気を経て、感光層(網膜)に至るまでの光学系と言えます。これが、信号となって脳に伝えられます。図3は、赤外線測定システムがどのように働くかを示しています。
図3:赤外線測定システム
どんな物質であっても絶対温度0度(-273.15℃)以上になると、その温度に応じた赤外線を放射します。これを熱放射と呼びます。この現象は分子内部の物理的運動によるものです。その運動の強さは物体の温度に依存します。分子の運動は電荷の変位を表しますので、電磁放射(光子)を発します。この光子は、光の速度で移動し、光学的原理にしたがって振る舞います。つまり、偏光やレンズによる集束、物質の表面で反射することもあります。この放射のスペクトルは、0.7~1000µmの波長です。そのため、図4に示すように、通常、肉眼では見ることができません。
図4:電磁波スペクトル。1~20µmの範囲を温度測定に利用する。/p>
しかしながら、このような不可視なスペクトル範囲でも、そのエネルギーは100,000倍以上も異なります。赤外線の測定技術はこの事実に基づいています。図5から分かるように、物体の温度が上昇すると、その放射が最大値をとる波長は短い方にシフトします。また、温度が異なっても、このカーブは重なることがありません。全波長域での放射エネルギー(各カーブの下の面積)は、温度の4乗で増加します。1897年にステファンとボルツマンが発見したこの関係から、放射の大きさによって明確な温度が測定できることが分かります。
図5は、物体からの典型的な放射と温度の関係を示しています。この図に示したように、高温な物体は可視領域の放射も少ないながら発します。そのため、物体が非常に高い温度(600℃以上)になると、赤から白色のように見えます。鉄鋼を扱う経験豊かな作業者は、この色から、かなり高精度に温度を推定することさえできます。1930年代には、古典的な光高温計(disappearing filament pyrometer)が鉄鋼産業で使われていました。
図5:温度に伴う黒体の放射特性
図5を眺めてみると、IR温度計をできるだけ広範な波長に対応するようにして、最も多くのエネルギー(カーブの下の面積に対応)つまり測定対象からの情報を得られるようにしたくなるかもしれません。しかし、これが常に有効とは限らない場合があります。たとえば、図5では、波長2µmでの放射の強度は、温度が上昇するにともない、波長10µmの強度よりも大幅に増加します。温度の違いにより放射強度の違いが大きくなれば、その分だけ高精度にIR温度計も測定できるようになります。温度の上昇に伴いより短波長側に放射強度の最大値の位置がシフト(ウィーンの変位則)しますが、この波長域の変化はIR温度計の測定温度範囲に影響します。たとえば、低温側では、波長2µmを使うIR温度計は、600℃以下の温度になると測定できなくなります。600℃以下にはカーブがほとんど見られないように、放射エネルギーが低すぎるからです。異なる波長域に対応した温度計があるもう一つの理由は、一部の材質(ガラスや金属、樹脂フィルムなど)には非灰色体として知られる放射率パターンがあるからです。図5は、いわゆる“黒体”という理想的な物体を示しています。しかしながら、多くの物体は同じ温度でも黒体より放射は小さくなります。実際の放率の大きさと黒体の放射の関係は放射率(ε)として知られており、最大1(理想的な黒体に対応)から最小0までの値をとります。放射率が1以下の物体を、灰色体と呼びます。しかし、この放射率が温度や波長にも依存する物体があり、それが非灰色体です。これに加えて、放射の総量を1として、吸収(A)、反射(R)、透過(T)の割合もあります。(図6の式を参照のこと
A + R + T = 1 (1)
固体は赤外線域では透過しません(T=0)。キルヒホッフの法則に従って、すべての放射が物体に吸収されるとすると、これが温度上昇につながり、さらにこの物体から放射が発生します。その結果、吸収と放射は:
A ↔ E = 1 – R (2)
図6: 放射の総量を1として、吸収(A)、反射(R)、透過(T)の割合もあります
なお、理想的な黒体では反射もありません(R=0)ので、E=1となります。
木材や樹脂、ゴム、有機物、石、コンクリートなど多くの非金属材料の表面による反射は非常にわずかです。そのため、0.8~0.95という高い放射率となります (一般的な材質の放射率を参照のこと). 。対照的に金属は、特に研磨したものや光沢面のものですが、その放射率はおよそ0.1程度です。IR温度計では、放射率の係数を設定できる機能を設けることでこれを補正します。図7をご覧ください (また、代表的な金属の放射率も参照のこと))。
図7:様々な放射率による具体的な放射
当社のアプリケーション・エンジニアは、お客様が対象とする材質や温度範囲、用途などに応じて最も有効なIRセンサを選択できるようご支援しています。